1: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 22:58:00.90 ID:jtJsxHOR
千歌「うん。海に住んでるんだって」

曜「なんだっけ。海から這い上がってきて女の人に抱き着くんだよね?」

花丸「抱き着いてきたが最後、そのまま海へ引きずり込んじゃう、こわーい妖怪ずら」

理亞「……ふ、ふん。そんな子供だまし、信じるわけないでしょ」

聖良「そうですね。どこにでもある、いたずらっ子を諫める目的のおとぎ話でしょう?」

ルビィ「ルビィもよく言われたかも。悪い子はうみはぐに、海へ連れてかれちゃうからいい子にしなさいー、って」

梨子「――ううん。おとぎ話じゃない。うみはぐはいるよ……この海に」

理亞「え……」

2: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 22:59:05.46 ID:jtJsxHOR
聖良「……梨子さん、出身は東京でしたよね。この辺りの伝承に詳しいとは思えないですけど」

梨子「私、実際に会ったの。……うみはぐに」

理亞「!?」

果南「じょ、冗談でしょ!?」

善子「それ、大丈夫だったの?」

梨子「なんとか。でももしかしたら、あとちょっとで海に引きずり込まれてたかも……」

果南「ひぃ……」

理亞「……っ」

ダイヤ「詳しく聞かせて頂いても? この内浦の海にそのような危険があるなんて、捨て置けませんわ」

鞠莉「そうね。生徒やホテルの宿泊客が被害にあったら大変だし、出来るなら対策したい」

梨子「うん、いいよ。……あれは、いつ頃だったかな。月のない、とても深い夜だった――」

3: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:01:05.13 ID:jtJsxHOR
その日はね、あんまり作曲が捗らなくて。遅い時間だったけど、気分転換に外に出てみたの。

うん、家の前だよ。だから十千万の目の前……ってことにもなるのかな。


夏だなー、蒸し暑いなーって、浜辺を歩いてた。じっとりとしてて、いつもの潮風とは何だか違う感じがしたよ。

何より違ったのは音、かな。海の音。……なんて言えばいいんだろう。すごく胸がざわざわして、落ち着かないの。

ざー、ざー、って。不安になる波の音と、山から響いてくる蝉の声が、今も耳に残ってる……。

え? 蝉って夜は鳴かないの? え……でも、確かに鳴いてた……。

あ、ううん。蝉は別にいいよね。ごめん、脱線しちゃった。とにかくいつもと違う、ちょっと嫌な空気を感じてたんだ。

4: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:02:38.33 ID:jtJsxHOR
しばらく浜辺を歩いてたんだけど、そんな感じだったから。もういいや帰ろう、って。家の方に振り返ったの。

――海を背にして。


音がね。……変わったんだ。

ついさっきまではね、ゆっくり、ゆっくり。ざー……、ざー……って音が。急に、ざざざ!ざざざざ!って。

膿が、私に教えてくれてた。――後ろに、なにか、居る。……って。

5: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:04:38.03 ID:jtJsxHOR
私、動けなくて。重たい潮風が汗を撫でていくのが、生暖かくてすごく、気持ち悪かった。

波の音と、蝉の声と、私の吐息。……よく覚えてる。それらに混じってすぐ後ろから、ぐじゅ……ぐじゅ、って水を絞り出すような音。

何かが海から砂浜へ這い上がってるんだって、すぐに分かったよ。


でもそのぐじゅぐじゅ、って音もすぐ、水が滴る音に変わった。

――うん。きっと、立ち上がったんだ。身体いっぱいに海水をあびて、濡れたままで。

ぼと、ぼと……って落ちた水を砂浜が吸い込む音……水を含んだ砂浜を踏む音……ゆっくり、近づいてきた。


私の背中に……。

6: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:05:46.02 ID:jtJsxHOR
私、もう訳が分からなくて。

スクールアイドルの練習してても、あんなに汗かいて、息が上がって、震えたことなんて、なかった。

練習が終わった後に足が重くなるなんてこと、いくらでもあったけど。でも、あれは違う。

恐怖ってね。心も、身体も凍らせるんだよ……初めて知った。

そんな風に震えて動けないでいるうちに、一歩一歩、その何かは近づいてきて。――止まった。

私の、すぐ真後ろ。ぴったり、くっ付くくらいの距離。その何かの息遣いさえ、耳元にかかる距離……。

とっても熱い吐息だったよ……。

その吐息でね。その何かは私に、こう言ったの。


――ハグ、しよ……?


果南「ひぃぃぃぃぃぃ!?」ハグッ

曜「むぎゅっ」

7: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:07:11.00 ID:jtJsxHOR
鞠莉「ちょ、果南うるさいっ。大事なところなのに!」

果南「だって、だってさぁ……」

果南「私、夜に潜ったりするんだよ!? こんなの聞いたら怖くて潜れなくなっちゃうじゃん!」ギュウゥ

曜「いっ!? いだだだだだだ!?」

千歌「果南ちゃんの場合は妖怪でも何でも倒せるから大丈夫だよ。ほら、曜ちゃんを放して」

果南「……やだ。こわい」ギュゥゥゥゥ

曜「が、がは……っ」

鞠莉「もう。ほら、代わりにダイヤをハグしていいから」

ダイヤ「えっ」

果南「うぅ……ダイヤぁ」ハグッ

ダイヤ「ちょ、お待ちくだs――ピギャアアアアアア!?」

鞠莉「さて。果南はあれでいいとして」

曜「助かったぁ」

8: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:09:07.43 ID:jtJsxHOR
聖良「それで、梨子さん。その後はどうなったんです? あなたが無事ということは何事もなかったんでしょうけど」

梨子「うん。無事に逃げられたよ。その声が切っ掛けだったのかな。気が付いたら走ってた」

梨子「悲鳴も上げられずに、ただ一目散に家に向かって。追いかけては来なかったんだと思う」

梨子「とにかく玄関から家の中に飛び込んで……自分の部屋のベッドに潜り込んでたかな」

梨子「しばらく経って窓から外を覗いたけど、その時にはもう何もいなかった」

善子「……姿は見てないのね」

梨子「うん。でも、海から這い出てきて抱き付こうとするってことは」

花丸「特徴がまるっきり、うみはぐずら」

ルビィ「じゃあ、もしそのまま抱きしめられてたら」

千歌「り、梨子ちゃんは今頃、海の底……?」

梨子「そうなってたかもしれない」

理亞「……っ」ゴクリ

10: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:11:01.56 ID:jtJsxHOR
鞠莉「アーハン……それが本当にうみはぐだったか。本当に海へと連れ去るのか。それは別としても事件には違いない、か」

鞠莉「何らかの対策は必要ね。ダイヤ、黒澤の家とも連携して対応したい、いいよね? ……あれ。ダイヤ?」

ダイヤ「」チーン

鞠莉「Oh……。あー、ルビィ。あなたのお母さんに話しておいて。小原鞠莉が海岸の警備を強化したがってるって」

ルビィ「うん!」

聖良「ふむ……妖怪ではなくても不審者がいるということなら、早く捕まえてくれるに越したことはありませんね」

千歌「聖良さんなら普通に捕まえられそうだけどね」

聖良「ふふっ……相手が妖怪でなければ、ね」

11: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:12:10.58 ID:jtJsxHOR
聖良「――さて。もうこんな時間ですか。そろそろ宿へ戻ります。郷土の怪談話が聞けて、楽しかったですよ」

聖良「次は函館の怪談話でもご紹介できれば……なんて。行きましょうか、理亞」

理亞「うん」

千歌「2人が戻るなら私もそうしようかな。どうせうちの旅館だし」

聖良「ええ。送迎、よろしくお願いしますね、仲居さん」

理亞「……またね、ルビィ。みんな」

12: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:12:58.95 ID:jtJsxHOR
――――
――

チッ…チッ…チッ…チッ…
ザザー…ザー…ザザー…ザー…

聖良(……波と、秒針。うすぼんやりと部屋の輪郭だけが見える暗闇の中で、その音ばかりがはっきりと聞こえる)

理亞「すー……すー……」

聖良(あとは、規則正しい理亞の寝息)

聖良(まいった。目が冴えてしまって眠れませんね、どうにも……)

聖良(居心地のいい旅館なんですけどね……旅の疲れもあるのに、どうしてなんおだか。寝つきはいい方なんですけど)

聖良(散歩でも、行きましょうか)ムクッ

聖良「……」ギシッ、ギシッ ススーツ

聖良「……」 …トン




14: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:14:18.45 ID:jtJsxHOR
ザザー…ザー…ザザー…ザー…

聖良「ふーっ」

聖良「海風、やっぱり函館のものとは違いますね。暖かくて湿っていて……太平洋だからでしょうか」

聖良「それとも雨でも降るのか。……月も出ていないし、そうなのかも。夜が深くて雲の陰すら見えないけれど」

聖良「重く、蒸した空気……。残念ですね。いい天気だったなら、千歌さんの愛する海をもっと楽しめたんでしょうけれど」

聖良「まあ雨に打たれないだけマシと思うとしましょうか」

聖良「……いつ、眠くなりますかねぇ」ボーッ

ザザー…ザー…ザザー…ザー…ザザー…
  ジィー…    ジジジ…

聖良「でも、……いい場所ですね、やっぱり。千歌さんが自慢するだけはある」

聖良「ま、函館には及びませんけど」クスッ

ザザー…ザー…ザザー…ザー、 ザザ、ザザザ…
 ジィー、…ジジジ、ジィージィー…

聖良「……? 波の音が……いえ」

15: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:16:17.29 ID:jtJsxHOR
聖良(波の音もそうですが。この高いノイズのような音は……これは)

聖良(蝉……?)

聖良「……まさか。この季節、この時間に蝉の鳴き声なんて」

聖良「蝉とは違う何か……? 北海道とは生息している昆虫が違うのか……」

――ざー、ざー、って。
 不安になる波の音と、山から響いてくる蝉の声が――

聖良「……っ」ゴク…

聖良(十千万の……梨子さんの家の目の前の、砂浜で)

聖良(月の無い、夜。蒸し暑い、じっとりとした空気。不穏な波の音。有り得るはずのない、蝉の声――)

聖良(沼津に伝わる妖怪。女を海へと引きずり込む、その名を“うみはぐ”)

聖良「……はっ。有り得ませんね、くだらない」

16: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:17:45.82 ID:jtJsxHOR
聖良「21世紀に生まれておいて妖怪だ何だと……。まったく、おめでたいこと――、」


ザザ、ザ――ザパ…ッ


聖良「……っ!?」

聖良(な、波打ち際で何か、うごめいて……)


グジュ、ジュ…ズル、ズチュ…


聖良(冗談、でしょう……!?)

聖良(暗くてよく見えない……。でも、確実に何かが、居る……!)

聖良(人間ほどの大きさの何かの影が――這い寄ってきている!!)

聖良「はーっ、はーっ」

17: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:19:04.19 ID:jtJsxHOR
聖良(……いえ。いいえ。落ち着きなさい、鹿角聖良。妖怪なんて有り得ないんです)

聖良(人間ほどの大きさの何かということは――普通に考えればあれは、人間なのでは……?)

聖良(だとしたら海難事故……? それなら救助しないと。でも、けれど――)

聖良(今夜は本当に蒸し暑くて。汗が全身から噴き出して。――手足が、自由に動かない)


ズル、グ…グググッ、グラ…


聖良(!? お、起き上がろうとしている……。影の形は――)

聖良(手があって、足があって。頭も――やっぱり! あれは人間です!!)

聖良(救助しないと! 無事を確認して、それから旅館の人たちを――、)

聖良「……ッ!!」

聖良(――気が付くと。影が、顔をあげてこちらを見ている。長い髪の隙間に覗く、その顔は……)


∫∫( c||^ヮ^||


聖良「……え、あ」

19: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:20:16.71 ID:jtJsxHOR
聖良「あ、あはは……。なんだ、果南さんじゃないですか。驚かさないでくださいよ、もう」

聖良「あなたなら、まさか溺れるわけありませんよね? まったく、趣味の悪いことをしてくれまね」

∫∫( c||^ヮ^||

聖良「……あの。果南、さん……?」

∫∫( c||^ヮ^|| ハグ、しよ?

聖良「え? あ、あー。いや」

聖良「果南さん、びしょ濡れじゃないですか。さすがに、その状態では勘弁してもらいたいんですけど」

∫∫( c||^ヮ^||

∫∫( c||^ヮ^|| ……

聖良「え、っと」

21: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:21:23.00 ID:jtJsxHOR
∫∫( c||^ヮ^|| さびしいなーん  トボトボ…ザプーン

聖良「あ……。潜ってっちゃいました、ね……」

聖良「ちょっと冷たかったでしょうか……でも海水まみれは避けたいですし」

聖良「うーん。まあ、明日謝るとしましょうか。それからは、ハグでも何でも」

聖良「……しかし、それにしても」

聖良「ハグしよ、ね。――ふふふっ。妖怪の正体見たり、タレ目花……なんちゃって」




22: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:22:35.31 ID:jtJsxHOR
聖良「……」ススーッ ギシッギシッ…

理亞「ん、んぅ……姉様……?」

聖良「おっと。起こしてしまいましたか。ごめんなさい」

理亞「どこ行ってたの……」

聖良「寝付けなくて。少し、外へ散歩に」

聖良「あ、そうそう。起こしたついでに。――さっき、うみはぐに会いましたよ」

理亞「えぇっ!?」ガバッ

23: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:23:33.62 ID:jtJsxHOR
理亞「え、ね、姉様大丈夫なの!?」

聖良「何の問題も。危険どころかむしろ、寂しがり屋で可愛らしい妖怪さんでしたよ」

理亞「え……」

聖良「さて。そろそろ眠るわね、ようやく眠くなってきたから……」

理亞「ちょ、姉様!? さっきのどういうことなの、ねえ!?」

聖良「おやすみなさい……zzz」

理亞「姉様っ、姉様ぁ!」

 


千歌『……ねえ果南ちゃん。そろそろ電話切りたいんだけど、いい?』

果南「だ、ダメ! 私の家、海のすぐそばなんだよ!? いつうみはぐが出て来るか分からないじゃん!」

24: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:24:20.14 ID:jtJsxHOR
千歌『それは千歌んちも同じだよー……。ふわぁ……もういいよね、切るよー』

果南「待って待って! お願いだから待って!」

千歌『んもぅ。眠れないなら、いつも通りに海にでも潜ってればいいじゃん』

果南「あんな怖いこと聞いて潜れるわけないでしょ!? うぅ……これからしばらくダイビングできないよ……」

千歌『乾いて死なないようにね……。それじゃ、おやすみ~』

果南「待って! 千歌、待ってよ、待っ――、」ブツッ

ツー、ツー、ツー…


おしまい

26: 名無しで叶える物語(しうまい) 2018/04/18(水) 23:25:14.26 ID:jtJsxHOR
これにておしまいです
読んで頂いた方、ありがとうございました
お目汚し失礼しました

28: 名無しで叶える物語(茸) 2018/04/18(水) 23:42:38.43 ID:Fr6iL/mE
良かった別人だったんだね!

39: 名無しで叶える物語(アラビア) 2018/04/19(木) 08:41:43.95 ID:PY2SdK7c
>>28
いや…これは生霊の類では…

30: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2018/04/19(木) 00:56:37.39 ID:x/OrTwga
聖雪が出てくる話で初めて最後まで読む気になった